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2025年10月11日

ヨハネによる福音書第20章24〜29節「長所と短所は紙一重」

2024年4月14日の尾久キリスト教会における広瀬邦彦先生の説教。聖書箇所はヨハネによる福音書第20章24〜29節「長所と短所は紙一重」。

人の性格は十人十色である。そして長所と短所は紙一重、長所が短所でもあり、短所が長所でもあり得る。せっかちな人は決断が早く、頑固な人は信念があり、面倒くさがりな人は合理的で、優柔不断な人は慎重で、協調性のない人は主体性に富み、飽きっぽい人は好奇心が旺盛である。キリストの弟子たちの中でも、トマスは疑り深い人であったと言われる。彼はイエスが復活して弟子たちと再会した際、一人だけ不在だった。主の復活を語る弟子たちに「復活などあり得ない」と反駁。25節では、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をその脇腹に入れなければ、私は決して信じない」と言っている。「決して信じない」とは強い言葉である。

しかし、トマスは本音では主の復活を望んでいたのだろう。イエスが十字架につけられる直前、これからエルサレムへ向かおうというとき、彼は「共に死のう」と他の弟子たちに呼びかけたくらいだ。彼のイエスを思う気持ちは本物である。「よみがえられた」という仲間たちの言葉を信じたい。信じたいけど、信じられない。そんな葛藤の中にあったのではないか。ただ、トマスは他の弟子たちに対して、適当に話しを合わすタイプではなかった。何かを信じるには、それなりの根拠や理由が彼には必要なのだ。ただ、それでもトマスは他の弟子たちに対してその時点で見切りをつけることはなかった。言わば、彼らとの交わりを保ちつつ、共に主を待ち望んだと言えよう。

ある精神科医によれば「脳はスッキリわかりたい」とのこと。これによると、人間は人生の難題を前にすると、安易な解決や結論を求めがちになる。しかし、真に大切なこと、深遠なことは、そう簡単にわかるものではない。従って人は『 宙ぶらりん』の状態に耐える力が必要になる。これをネガティヴ・ケイパビリティ(答えの出ない事態に耐える能力)と言う。私たちの信仰の歩みにもこのような一面が確かにある。すぐに答えは見つからない。すぐに解決には至らない。モヤモヤとした宙ぶらりんな状態に時には耐えなければならない。スッキリしたいけど、スッキリしない。それでも、私たちの信じる神はよいお方で、私たちによくしてくださる。やがて時が来れば、神の幸いな御業がなされる。そのように信じて、時には 宙ぶらりん』に耐えることも必要である。トマスは復活のイエスと出会うまでの日々、まさにネガティブ・ケイパビリティをもって待ち望んだと言えよう。

弟子たちにお姿を現してから1週間後、今度はトマスも一緒の時、イエスは再び彼らに出会われた。まさにこのとき主はトマス一人のために来てくださったと言えよう。このとき、トマスはイエスの前で「私の主、私の神よ」と告白している(28節)。何と素晴らしく、貴重な信仰告白だろう。トマスのように注意深く、物事を現実的かつ総合的に考える人は、信じるのに少々時間がかかるかもしれない。でも、ひとたび信じたら、その信仰はそう簡単には揺るがない。伝説によると、トマスは後にインドにまで旅をしてキリストの救いをのべ伝えたという。疑い深いと言われたトマスだが、ひとたび従う決心をしてからは、どこまでも主についていった。その服従に妥協は全くなかった。このように、トマスの短所は長所でもあった。人の性格は十人十色だが、イエスはそれぞれに相応しいやり方でその人の歩みを導いてくださるのである。

posted by take at 08:59| Comment(0) | 説教
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